あずさジャーナル
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冬の終わりまで

2019.02.08

一昨年の冬の終わり、私は八王子駅前の居酒屋で一人でお酒を飲んでいた。ちょうど予算審査議会が終わった日だった。議会の最終日はいつもひとりでお酒を飲んでから帰宅する。疲れて誰とも話したくない気持ちになるのと、会期中の反省点と収穫を点検するためである。
その日も、会心の出来と思い込んで臨んだ質問へのそっけない答弁に敗北感を抱きつつ、ほんの少しの解放感と安堵の気持ちを味わっていた。

あ、この曲好き、とつぶやく低い女性の声ではっと我にかえると、カウンター席の奥で盛装した若い女性2人組が気だるそうにタバコをくゆらせているのが視界に入った。
なんだっけ、この曲、と問いかける女性に、カウンターの向こう側でつまみをつくっている店員の男性が笑いながら答える。えー?知ってる?この曲。古いよ、君ら、生まれてた?

わかんない、生まれてたかも。低い声で笑う女性の横顔は、薄暗い照明の下でも艶やかで若く美しかった。20代前半かな、と思いながら盗み見ていた。

わかんないけど、なんていう曲か知らないけど、好き。なんか、切ないから。
あたしもー。なんか、いいよね。泣きたくなる。

へー、わかるんだ、オザケンだよ、オザケン。
店員の男性が私の前につまみの小皿を置きながら一瞬だけこちらに微笑み、彼女たちに向き直る。

あーそれ!それだ、なんだっけ、なんて曲だっけ。

今夜はブギー・バック。

あー、そんな感じだったかも。忘れてた。いい曲だよね。
うん、だね。

煙をふっと吐き出しながら、彼女たちは小さな声でハミングする。うん、確かに切なくて、なんか泣きたくなる…と私もぼんやりと思った。お酒が回り始め、なんだか視界もとろんとしてきたような感じがした。

曲が切り替わり、「さ、行くべ」とワントーン高い声で1人がタバコを灰皿に押し付けると、「はー、行くか!」ともうひとりも身支度を始めた。
「稼いできまーす」。

立ち上がった彼女たちは思いのほか薄着で、分厚いダウンのコートを羽織る姿が妙に洗練されていて様になっていた。急に彼女たちが年上の小慣れた女性のように感じられ、私は慌てて視線を目の前のカウンターに戻した。
お疲れさんです、と先ほどの男性店員が彼女たちに笑いかけると2人は「あーテンション上がんない、ごちそーさまー、こんど来てねー」と艶やかに微笑み、コツコツとヒールを鳴らして立ち去って行った。いつもは苦手なタバコの残り香が、なぜかほんの少しだけ親しみやすいもののように感じられた。

若いっすよね。
顔を上げると、店員が片眉を上げてわざとらしく困り顔を作りながら笑いかけてきた。あ、こちらは同年代、と気付いた。

若いですよね。
答えながら、後方の席で落ち着いた感じで談笑している40代くらいのグループの気配を感じていた。若い。私もお兄さんも、あのグループの人たちよりはまだ、若い、というか、青い。
奥の席でわっと大きな笑い声を上げているのは中高年の男性たちのグループだ。賑やかで活気がある。50〜60代だろうか。おお、若い、と思わず苦笑する。

どうしてだろう。私はまだ30代になったばかりで、ついこのあいだまで「日本酒っておいしいの?」なんて言いながら甘い甘いジュースのようなお酒を好んで飲んでいたのに。いまだって、寝坊した朝は全速力でバス停まで走ったり、お菓子をたらふく食べて体重計に乗り、一喜一憂したりもするのに。
どうして、疲れたふりなんか、するのだろう。

今夜はブギー・バック。実は私もこの曲、そんなに知らないや。スマートフォンを手に、検索画面に曲名を打ち込み、この曲のリリースが1994年だということをつきとめる。
10歳じゃん、私。わかーい。

声に出してしまい、店員の男性が、ん?という顔でこちらを見る。お仕事帰りっすか。笑顔がとても爽やかだ。でも、少し疲れているようにも見える。
はい、今日はひとやま超えたので、飲みに来たんです。
お疲れ様です、何系のお仕事ですか?
えーと、行政関係、です。
へー、大変っすね〜。

対して興味もなさそうに、けれど愛想よく店員の男性が笑った。私もそれ以上は話さず、またぼんやりとお酒を飲み、検索画面に戻って、今度は歌詞を調べて眺めていた。するともう一度この曲を聴きたくなり、早く店の外に出ようと思った。

さっきの彼女たちは、どんな表情で仕事をしているのだろう。声をかけたらどうなったかな、嫌な顔をされたかな、仲良くなれたりしたかな、彼女たちの目に、私はどんなふうに映るのかな。

私はもう、好きだと思ったものを素直にその場で口にできる年齢ではなくなってしまった。けれども、無知を恥ずかしいと思うこともなくなった。

いつのまにか、こんな自分にたどりついている。もう、すごく若くはなく、でもまだ老けてもいない、微妙な年齢のいま。疲れた顔をすることがドレスコードのような居酒屋で、自分より10も若そうな女性たちに大人びたものを感じ、20も30も年上の人たちにエネルギーを感じている不思議な夜。何も特別なことは起こらなかったけれど、私はこの夜のことを多分忘れないだろうな、と思いながら帰路についた。

3月下旬の八王子はまだとても寒い。私はコートの襟をかき合わせる。来年のこの日も、議会の帰りにこうして飲んでいるかな、再来年もかな。そう思いながら歩いた。その頃はどんな自分になっているかな。歳をとったり若返ったりしながら、その日その日をやり過ごしていくのかな。

「再来年」はことしである。任期満了前の、予算審査議会。最後の仕事がもうすぐ始まる。

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