あずさジャーナル
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学校へ行きたくないあなたへ/不安なあなたへ

2018.11.06

「学校へ行きたくないあなたへ/不安なあなたへ」

学校に行くことができない。行きたいのに行くことができない。行きたくない。休んでしまいたい。どこにいても不安で苦しくて、消えてしまいたい気持ちになっているあなたへ。

もしもあなたがいま、自分のことを知らない誰かの「苦しさからの脱出劇」のことを見てみようかなと思ったら、どうか読んでみてください。

私は八王子市で市議会議員をしています。34歳です。性格は、気が強くて負けず嫌いで、友達はあまり多いほうではありません。いまでも大勢でいるより、ひとりで過ごすほうが好きです。けれど、たくさんの人に会って話をして、たくさんの人の前で意見を述べたり議論をしたり、こうして文章を書く仕事をしています。

いまからずっと前、高校生だったころ、私は学校に行くのが大嫌いで、欠席日数のとてもとても多い生徒でした。
理由は色々ありましたが、学校での人間関係、家庭での悩みなどがつらくて、この世界には自分の味方なんて誰もいないんじゃないかと感じていたからでした。学校なんてやめてしまおうかと何度も考えて、将来のことを考えると、死んでしまいたいと思うこともたくさんありました。

その頃の私は見栄っ張りで、人の目や言葉がとても気になる生徒でした。つらいのに、つらくないふりをしました。本音を話すこともしませんでした。学校へ行けば、勉強も人間関係もうまくいっているふりをすることに毎日エネルギーをついやしてしまって、いつもクタクタでした。笑っているときも、「笑っている私」を見ているかも知れないほかの「誰か」の目を意識して笑っていました。いつも誰かほかの人の目が自分の中に入り込んできて、私の不安や弱そうな部分を責めるような気がしました。「ひとり」であることは怖いこと、みんなから浮いてしまったらもう終わりなんだ、と思っていました。

ある日のこと。その日も私は学校に行くのが嫌で、具合の悪いふりをして自宅二階の自分の部屋で寝ていました。今頃は数学の時間かな、成績に響くかな、休み時間に私がまた休んでいることをあの子やあの子が噂したらどうしよう、先生から電話が来たら嫌だな、明日はどうしよう…といつものようにあれこれと嫌なことを考えていました。

すると、一緒に暮らしている祖母が二階へ上がってくる気配がしました。ドアが開き、話をするのが嫌で寝たふりをしていたら、祖母が言いました。「学校へはいかんのか」。
黙っていたら、「昼ごはんはなにがええ(いい)?」と祖母はのんびりした声で言いました。「いらない」と言うと、「おばあちゃんは久しぶりにラーメンが食べたいで、あんたも食べてくれんか」と聞かれました。祖母はラーメンなんて好きではないのに、無理して私の機嫌を取ろうとしているんだ、と思うと、反発心と自己嫌悪と、色々な感情がわいてきて、私はまた黙っていました。

私が返事をしていないのに、「ほんなら、ラーメンつくるわ」と祖母は言いました。私はまだ無視していましたが、階段を降りる祖母の足音を聞いていたら、なぜか涙が出てきました。
しばらくして「ラーメンができたよ」「のびるで、どうする。おばあちゃん待っとるけど」「卵も入れてあるで」と呼ぶ声がしました。

私は気まずい気持ちで一階に降りて、何もしゃべらずにラーメンを食べました。お昼のラジオが番組のきりかわりののどかな音楽を流していて、ずいぶん久し振りにこの音楽をきいたなあと思いました。たぶん、小学生のころ、夏休みの平日、祖母と2人でお昼を食べながら聞いていたなあと思い出していました。すると、なんだか急に懐かしくなり、小さな子どもに戻ったような気持ちになりました。

祖母は畑仕事のことや、草引きのことなどをのんびりとひとりでしゃべっていました。そして「おばあちゃん腰が痛いで、犬の散歩は一緒に行ってくれると助かるんやけど」と言いました。
学校を休んでいるのに外に出るなんて、犬の散歩に行くなんて、嫌だなと思いました。誰かに会ったら何て言えばいいのか、とすぐに思いました。「学校休んでるから」と言うと、祖母は「べつに、どうってことありゃせん(どうってことない)」と呆れたように言いました。「犬の散歩は立派な仕事やで、だーれも文句なんか言わっせん(言わない)」。

 

私は渋々、そしてとてもどきどきしながら祖母と犬の散歩に行きました。近所の人とすれ違うたび、私は目を伏せていましたが、祖母はいつも通り挨拶をしていました。「あれ、あずさちゃん今日はお休みなんかね」と尋ねられると、「おやすみおやすみ。おやすみばっかりやわ」と祖母は勝手に答えて笑っていました。近所の人は「そうかね」と少し気まずそうに笑いました。私は恥ずかしくて逃げ出したくなり、祖母を思い切りにらみました。帰宅してそのことを怒ると、祖母はまた呆れたように言いました。「あんたが学校に行かんことにしたんやで、それでいいがな。なんにも困ることありゃせん」。

 

部屋に戻って携帯を見ると、誰からもメールは届いておらず、ほっとするような、ものすごく悲しくて不安なような、複雑な気持ちになりました。明日も休んでしまおう、と思いました。

ふと学校へ行こうと思える日もありました。でもしばらくすると、また行くのがつらくなって、休んでいました。
そんな日々を繰り返し、私は高校生活の大半を過ごしていました。

学校や家庭でつらいことがあった日は、私はあらゆるものを呪う気持ちになりました。同時に、自分は弱くてダメな人間なんだと自己嫌悪で死にたい気持ちにもなりました。
私がなんとかそんな日々をやり過ごすことができたのは、休むことも、ひとりでいることも、誰かに噂されたり悪口を言われることも、無視されることも、「なんにも困ること、ありゃせん」という祖母の開き直りの言葉で考えてみたからでした。

私が休んだら、ひとりだったら、悪口を言われたら、無視されたら、誰が困るのかな、と思いました。
あれ、もしかして誰も、私以上には、困らないかも、と思いました。それはとても悲しくて寂しい思いつきでしたが、でも反対に「なあんだ、じゃあ、いいや」という気持ちもわいてきました。

 

学校へ行って、つらいことがあったり誰かの目が気になったりするときは、私はその場から逃げ出すことにしました。図書館の書庫に隠れて授業を休み、先生や誰かが探しに来ても出て行きませんでした。そのうち、誰が自分を嫌っているのか、誰が自分を心配してくれているのか、よくわからなくなりました。最初はとてもどきどきして、とても悪いことをしているような気がしましたが、一度逃げ出してしまったら、「いいや」と思うようになりました。

 

書庫でたくさんの本を読みました。図書館のある棟にいた先生はとてもいい人で、私が黙って逃げてきても、「ようこそ不良くん、さあどうぞ」とニタリと笑って書庫を開けてくれました。学校の先生は頼りにならない、嫌な人も多くて、助けを求めるなんて考えられなかった、でも、なかには良い先生もいたのです。

 

本の世界は楽しくて、壮大で、私は自分の悩んでいることと似ている問題を発見したり、自分とは全然関係のない世の中の苦しみについて思いを馳せたりしました。そうしていると、私をとりまく様々な人たちが、みんな遠いところの人のような気がしました。
本の世界を出てしまうと、また、意地悪な人や、冷たい人、酷い人の目が私を責め立てるような気がしました。だから私は、気に入った本を1冊いつも、机の中や自転車のかごに入れてお守りにしていました。私にはこの世界があるんだ、と自分に話しかけていました。

 

死んでしまいたかった日。学校なんて消えてなくなってほしいと思っていた日。友達なんて家族なんていないと思っていた日。私は本当は、「見栄っ張り」なんかではなく、弱かったのではなく、ただただ、自分をとりまく世界に対してとても敏感で繊細だったのです。自分ではない誰かの言葉や態度に傷つき、相手をうとましく思ったり呪いたくなったりする自分を責め、何もかもが苦しくてつらくて、行き場がありませんでした。親にも気持ちを話すことなどできず、携帯電話やパソコンはコミュニケーションの必需品である一方で、私を「うわさ」や「恐怖」の地獄に突き落とす、暗い世界の入り口のような道具でした。

 

そして私は逃げ出すことにしました。つらいこと、自分を苦しめるものや人から離れて、「自分だけの世界をつくろう」と思いました。たくさんの本を読み、自分の気持ちをノートやメモ用紙に思いつくままに書き散らしていきました。
けれども不思議なことに、逃げよう、離れようと思って本の世界に入っているはずなのに、私はどんどん、自分を苦しめるものや人への好奇心や興味がわいてくるようになったのです。

私が苦しいのはどうして。あの人たちが私を苦しめるのはどうして。苦しいって、なに。

自分の気持ちと向き合っているうちに、自分を苦しめるものの存在よりも、いまここにこうして生きている自分の存在が、とても不思議で大事なもののように思えてきたのです。

あの人は私を傷つける、でも私はあの人たちを傷つけたりしない。だって私は自分を嫌いになりたくないから。じゃあ私は、それで、じゅうぶん、立派じゃないか。

そう思うことにしました。

 

廊下ですれ違いざまに悪口を言って嬉しそうなはしゃいだ声を上げる人がいる。陰口を言って噂話をしている人がいる。わざわざ酷いことを書いた手紙を渡してくる人がいる。醜いことをしている。もちろん私は深く傷つく。でも、傷つく私は正しい。だって私は、こころが痛むということをちゃんと知っているから。この痛みをちゃんと感じられるから、私は、大丈夫 。

そう思うことにしました。

 

私は「誰もいない世界」から脱出して、「自分がいる世界」を生きることにしました。

 

私はいまでも、当時の自分を苦しめた人たちのことを好きではありません。でも、そういう自分のことも、「まあいいや」と思っています。

 

学校に行けない、友達がいない、ひとりぼっち、家族にも頼れない、と思っているあなたがいたら、伝えたいです。

学校に行けなくても、ひとりでも、明日が不安でも、いまこうして傷つくことのできるあなたは、素晴らしい。悩むことのできるあなたはとてもすてき。逃げてだいじょうぶ。無理をしなくてだいじょうぶ。そのうち、あなたにしか生きられない世界をあなたは見つけることができるから。

 

「なんにも困ること、ありゃせん」。

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