あずさジャーナル
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『タイタンズを忘れない』 フットボールというスポーツについて思うこと

2018.05.24

日大アメリカンフットボール部の選手が悪質な反則行為で関学大の選手を負傷させた問題で、日大側の対応に大きな批判が集まっている。当然であると思う。
日大の選手が記者会見をし、自らの言葉で反省を述べ反則行為に至った経緯を説明したが、「チーム」ということを考えた時、ほかの選手たち、部員たちはいまどんな思いで過ごしているのだろうと気にかかった。

私はアメリカンフットボールに詳しいわけでは全くなく、学生時代に経験したスポーツは陸上競技で(リレーなどを除き)殆どが個人競技であったから、「チームプレー」の難しさや醍醐味を知っている訳ではない。

けれど、スポーツが何のためにあるのか、私たちがスポーツを介してどのように他者とぶつかり合い、わかり合っていけるか、ということを「チーム」そして「対戦相手のいる競技」の意義という観点から考えずにはいられない。

この問題についての一連の報道を見ていて思い出すのは、『タイタンズを忘れない』(Remember the Titans)という映画である。

2000年に公開されたこの映画は、1971年のアメリカ、ヴァージニア州を舞台としている。実話に基づいているという。物語は公民権法施行後もまだ差別の激しい頃、ある高校で黒人白人混合のフットボールチームが結成されるところから始まる。チームの名前は「タイタンズ」。

選手たちは突然のチーム合併に戸惑い、肌の色の異なる相手を受け入れることができずに揉めてしまう。黒人チームの指導者と白人チームの指導者も、方針や考え方、コミュニケーション方法の違いによりぶつかり合う。

けれど、毎日の練習と共同生活の中で、選手たちに、そして指導者同士にも変化が訪れていき、「タイタンズ」は最強のチームとして急成長していく……というものだ。

この映画のなかには複数のキーパーソンが登場するが、チームへの転校生である“サンシャイン”選手が印象深い。彼の偏見のない、誰に対しても公平でユーモアのある態度と振る舞いが他のメンバーの意識に変化をもたらしているからだ。はっきりとは描かれないが、この“サンシャイン”選手は恐らくLGBTの人物であることが示唆されている。違いや多様性を認め合うことの尊さを知らせてくれる人物だ。

また、「差別に抗う」ことが黒人の選手、生徒、家族たちの問題ではなく、「大切な仲間を差別する者を許さない」という意識として白人の選手たち自身の問題に変化していく様子や、それまで怒りとパワーと厳しさでチームを統率し、自分を鼓舞し続けて来た黒人チームの孤高の指導者が、選手たちや白人チームの指導者とのコミュニケーションのなかで、「自分の力だけでなく仲間の力を信頼する」という新しい力を得ていくさまも描かれている。選手と選手、そして選手と指導者とが何度もぶつかり合い、少しずつ相手を理解して互いに変化と成長を生んでいくのである。

経緯と結末は全く異なるが、今回の日大の問題を考えさせるような、「怪我」をめぐるシーンもある。黒人との混合チームを最後まで受け入れられない白人選手が、試合中に仲間の黒人選手を庇わず、怪我をさせてしまう。その選手は許されず、退部するという場面だ。

スポーツは、誰かを陥れたり、見捨てたりすることによって勝利を手にするものではない。互いの強さを引き出し合い、弱さを補い合い、自分と相手の力を信じて正々堂々とぶつかり合うものだ。
信頼と団結こそが「チームスポーツ」の意義なのではないか。身内であるチームメイトに対してだけでなく、同じスポーツをする相手チームの選手たちに対しても、「信頼と尊敬」がなければならないのではないか。選手だけでない、指導者こそ、その「信頼と尊敬」を実践し、教えていく立場なのではないだろうか。今回の問題を見る限り、日大の指導者たちにこの姿勢があったとは思えない。

反則行為を行なった日大の選手は、記者会見で、「やらないという選択肢はなかった」と述べた。彼がここまで追い詰められ、閉鎖的な思考に支配されてしまった原因を思わずにはいられない。

選手と選手、そして選手と指導者との間に、信頼と尊敬が築かれるチームであったのか。選手たちが萎縮し、自身の本心や意志まで見失ってしまうような、極度に抑圧された組織になってはいなかったか。その硬直性を生み出し、持続させ、放置してきたのは誰なのか。個人の責任として片付けられるような問題なのか。
この構造を見つめ、問題の重大さを受け止めて、すべてを根本から変えていくのだという決意を見せるべきは、誰なのか。考えずにはいられない。

特に私が危機感を覚えるのは、今回の問題に象徴されるような、日本社会におけるあらゆる「組織」や「集団」の閉鎖性と、集団の構成員である個人が、駒のように扱われる非人間的な権力構造についてである。

怪我をされた関学大の選手は、練習に復帰をされたという。彼はいまどんな思いで、アメフトに向き合っているだろうか。同じスポーツを続けてきたかけがえのないチームメイトや、他のチームの仲間たちのことを、どんな思いで見つめているのだろうか。彼のなかの「信頼と尊敬」が深く傷つけられてしまったのだとしたら、その苦しさが和らぎ、恢復していくようにと切に願う。

私が大学時代に陸上の練習をしていた大学のグラウンドでは、アメフト部の選手たちが毎日のように激しい練習に励んでいた。トラックにボールが飛んできたこともあった。いつも練習の終わりには、彼ら全員が輪になって声を上げ、グラウンドに歓声が響いていた。このチームでプレーできて楽しいんだと叫んでいるかのような、明るい歓声だった。ああ、チームスポーツっていいなぁ、と思って眺めていた。

体と体がぶつかり合い、一緒に走り、声を上げるなかで、相手を知り、受け止めていくこと。相手のプレーを通して自分の力を知り、自分自身を学んでいくこと。アメリカンフットボールは、その素晴らしさと尊さを最も教えてくれるスポーツなのではないだろうか。

私は、このスポーツの試合をまだ殆ど見たことがない。けれど今回の問題を経て、これから日本でアメリカンフットボールがどのようにプレーされていくのかを、見てみたいと思った。

 

関西学院大学のアメリカンフットボール部の選手の皆さんが、安心と平穏を取り戻し、練習に没頭できる落ち着いた環境を再び手にされることを切に願う。傷つけられた皆さんの思いが救われるよう、日大側が真実に基づいた説明と謝罪を行うことを願っている。

 

そして日大アメリカンフットボール部の選手の皆さんが、どうか「信頼と尊敬」を失うことなく、大好きなスポーツと向き合う幸せを失わないでいて下さることを、心から祈っている。

『タイタンズを忘れない』では、選手たちのプレーが差別の渦巻く町の空気まで変えて行った。人々のこころを動かし、新しい時代を作った。

日大アメフト部はどうか。

古い、誤った指導者たちが退場したいま、この状況を打破し、大学側の誤った大人たちを改心させ、新しいチームとして生まれ変わる可能性を生み出せるのは、選手の皆さんひとりひとりの力なのではないか。日大アメフト部の選手の皆さんにエールを送りたい。

スポーツには社会を変える力がある。今こそ、その力を見てみたい。

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