あずさジャーナル
journal

少子化は労働問題である

2018.03.21

今般の議会で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)について取り上げ、「少子化は労働問題である!」と問題提起をしました。
少子化は労働問題、これはとても重要な視点であると思っています。

まず、子どもを産むか、産まないかは個人の自由な選択にもとづくもので、決して他者から「産め」あるいは「産むな」と干渉されるものではありません。

国家が少子化対策として、女性の生き方やライフプランの「お手本」を示したり、時期などを押し付けたりすることはあってはならないことです。男性に対しても然りです。

子どもを持つか持たないかの選択、持つならばいつのタイミングにするかの選択は、個人の自由な生き方と権利に基づきます。

また、「子どもを持つこと=幸福」という価値観は絶対的なものではありません。
どんな人生を生きたいか、どんな生活を幸福だと感じるかは人それぞれで、他者が「あなたはこういう人生だから幸せだ/不幸せだ」と言うのは間違っています。

さて、私が常々「ひどい」と感じるのは、個人が選択した人生が、社会のなかのシステムや制度、あるいは他者の無理解によって保障されない場合のことです。

例えば、「子どもは持たない」と決めているのに「なぜ子どもを産まないのか?」と干渉されたり、「早く産みなさい」と圧力をかけられたら、それはとても苦しくつらいことです。その人の性と生殖に関する自由な権利と選択が脅かされてしまいます。

一方、「産みたい」と思っているのに、その選択が阻害されるような環境に置かれたり、「まだ産むべきでない」と他者から言われたり、「産むことにこだわりすぎないで」と別の価値観を押し付けられたりしたら、それもまた、その人の性と生殖に関する自由な権利と選択が脅かされていると言えます。

私はこれらの選択や権利が、労働環境によって脅かされていると考えています。

例えば、女性がキャリアを積んでいるときに「結婚しないのか」「子どもを産まずに仕事ばかりしていていいのか」と干渉され、そうした考え方をおしつけられることは、決してあってはなりません。
男性も同じで、「結婚してこそ一人前、家族をもってこそ一人前だぞ」などと他者から言われてはなりません。
その人の働き方は、本人の選んだライフプランに基づいて設計されるべきであって、結婚や子どもの有無によって、他者から「こうあるべき」と示されてはならないと思います。

また、「子どもを持ちたい」と思ったときに、「まだ早い」だとか、「この時期は避けてくれ」ということを、仕事を理由として他者から制限される状態にあることは極めて問題です。
「産みたい」と思ったときにいつでも産むことが出来る、産んだ後もしっかりと職場復帰が約束され、キャリアを手放さなくて済むことが保障されなければなりません。

更に、少子化は労働問題、と私が考える理由は、現代においては労働環境があまりに不安定かつ過酷で、子どもを持つか持たないかという選択が、本人の意思どころか、労働時間や収入の状況に左右されてしまう事態になっているためです。

健康面においても、長時間労働でストレスにより人間の心身が傷つけられ、「産みたいのに産めない」と苦しむケース、つまり不妊は、男女ともに深刻な問題となっています。 不妊治療に関する理解と支援制度も、まだ道半ばです。職場で不妊治療のために休暇を取れるかと言えば、まだまだとても厳しい状況ではないでしょうか。

国が少子化を「対策」したいというのであれば、それは「労働環境の改善」がまず必須です。そして子育て支援と介護支援を手厚くするべきです。それらをなさずして、個人に「努力せよ」というのはおかしい、と思っています。「産みたくても産めないんだよ!」という声、国はちゃんと聞く気があるのだろうか!と問いたいです。

労働環境が過酷で、産科の医師も足りない、不妊治療への理解と支援もまだまだ乏しい、保育園も足りない、介護の担い手と支援が足りず家族介護、などという状況では、少子化になるのは当たり前だと思います。

経済最優先と言って、目先の「景気回復」にとらわれている限り、少子化は改善しません。労働環境と社会保障に関する構造と意識を変えない限り、金融緩和をしたって企業が利益をあげたって、大切なところにお金が財源として回らない、そう思っています。

また、ここまで書いてきたような構造の中では、「産まない」と言うとバッシングされてしまい、あるいは「産みたい」と言ってもバッシングされるという、どちらの選択を示しても、その選択が尊重も保障もされないまま、個人の生き方そのものが他者や「社会意識」によって否定されてしまいかねないという、深刻な事態が生じていると思います。これは人間がその人らしさを奪われて疎外されるという、極めて深刻な問題です。

個人が「産みたい!」と言ったときに、社会は「どうぞどうぞ!」と、必ずそれを尊重し、保障・支援する態勢を整えるべきです。
もちろん、結婚しているかどうかに関わらず、個人の「産みたい!」の声を、「歓迎!」と迎え入れる社会でないといけません。

そして、個人が「産まない!」と言ったときにも、社会は「どうぞどうぞ!」と、その選択を尊重し、不当に干渉しない姿勢を保つべきです。

リプロダクティブ・ヘルス/ライツの問題は極めて重要で、慎重に言葉を選び、丁寧に論じ、伝えていかなければならないと感じています。

でも、実はとてもシンプルで、難しいことではないんです!

だって、「個人の権利と自由を、他者そして社会が尊重し、支えていけば良い」、ただそれだけなのだから。

・個人の生き方は多様で自由なもの、
・誰かが困り苦しんでいたら支え合うのは社会的な責任、
・私たちが個人の力でどうにもできないことに手を差し伸べ救うのが社会保障、

なのだから。

あずさジャーナル一覧へ
PDFダウンロード
社民党
社会民主党八王子総支部事務所
〒192-0053 八王子市八幡町14-13
TEL/FAX : 042-626-7545
佐藤あずさのFacebook

Page Top