あずさジャーナル
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定義して、名前をつけよう/「ある意識」の欠けた社会?

2018.02.25

「定義して、名前をつけよう」。

政治の世界で活動をする女性や若手に対する嫌がらせや誹謗中傷の問題、そして支配的、依存的な執着を向けられることへの苦痛を綴ったことに対し、北九州市議の村上さとこさんはじめ、多くの女性の皆さん、若い皆さんから激励を頂いている日々です。

村上さとこ市議は、私が綴った一連の出来事は「構造的問題だ」と指摘なさいました。
まさにおっしゃる通りです。この「問題」は、インターネット上で可視化されるようになったと思います。

構造的な問題というのは、ネット上のハラスメントが実際の顔を合わせてのやりとりにもつながっている、社会的な意識にも根ざしていると感じているからです。
ミソジニーや承認欲求に基づく、攻撃的な関わり、支配的、依存的な執着は、立場や関係性を利用して頻繁に起きています。

まず、「自分の相手をしなさい」「自分の言うことをききなさい」という個人的な執着を向けてくる人々の問題です。これは、「ご意見」の形をとっているようで、実は「オレ(私)のこころをケアしろ!」「オレ(私)の言う通りにしろ!」という一方的で理不尽な要求となるケースが多いことを、私はこの3年ほどの間に日々、経験しました。

不適切な接触、関わりの場合は、こちらの反応によって彼らの承認欲求が満たされないと(あるいはプライドが傷つけられると)、一転して攻撃的になったり、ストーカーのようになったりするケースが多いです。
本当に「困っている」かたからの市民相談や、党へのご意見ご批判、政策的な提言や陳情と比べると、連絡の頻度や形式、態度が明らかに異なります。

政治的、社会的な発言をする女性や若い人のSNS(facebookやTwitter)の投稿を見てみると、そこにズラリとならぶコメントやリプライ。誹謗中傷や揚げ足取り、見当はずれな「お説教」、一方的な自説の連続書き込み、セクハラまがいの親しげな呼びかけなどなど、男性が投稿したものへの反応と比較してみると違いは明らかです。この現象は議員に限らず、様々な職業、立場の女性に起こっています。

SNSによって、これまでは見えづらかった「ある意識の欠落」が可視化されたのではないでしょうか。

ある意識の欠落、とは何か。

人権が保障されるはずのこの日本社会には、実は人権意識そのものが、まだまだ浸透していなかったのではないか、と私は思っています。

ある意識の欠落、つまり、他者は自分と異なる個人であって、私たちは他者の自由や生き方を尊重しなければならないこと、侵害してはならないのだということが、意識として根付いていないのではないか。

私はこれは、個人の自由な意思が侵害される人権の問題だと思っています。
個人の、考える自由、探索する自由、選び取る自由、感じた通りに表現する自由を侵害するハラスメントだと思っています。
男女どちらにも起きるものですが、やはり政治や市民運動の世界では女性や若手に対して、そしてマイノリティに対して起きやすいと感じています。

また、政治や社会運動のなかでは、「活動のキャリア」「運動のキャリア」の少ない人に対しても起こります。「自分(たち)のやり方がすべて」「自分(たち)のセンスと合わないやり方は正しくない」という姿勢で、トップダウンで運動を仕切ろうとする人は多いです。
もちろん、運動の連帯を意図的に壊そうとする人が現れたり、意見がまとまらずに分裂したりするのを防ぐために、活動や運動の現場にはリーダーも必ず必要だと私は思います。

ただし、あくまで活動や運動はあらゆる人に対して開かれているべきで、活動、運動のキャリアが長い人が新しい人を「統制する」「支配的に指導する」というやり方では、広がりは期待できないのではないかと思います。

女性や若い人、新しい人に、「自分(たち)が教えてやる」と干渉し(やっている本人は善意であったりする)、次第に距離を詰めていって私的な関係、支配的な関係を結ぼうとするハラスメントです。ここには、健全で対等な関係は築かれません。
これに疲弊し、活動や運動を去っていく女性や若い人、新しい人は少なくないと思います。

これらについて、例えば議員に対しては、「政治家なのだから」と我慢を強いる言説が多いです。もちろん、まっとうな批判やご意見はきちんと受け止めるのが当然ですが、そうではないもの、ただ相手を「自分の思い通りにしたい」「相手をしてほしい」という支配的、依存的な執着が多すぎると感じています。

また、残念ながら実はフェミニストを自認するかたのなかにも一部、この問題に気付いていないかたはおられます。普段フェミニストとして活動しているかたからですら、
「あなたは『女を売り物に』しているのだから仕方がない」「美人コンテストのような写真を使っているのだから仕方がない」「そのくらい我慢しなきゃやっていけない」などの言葉を向けられることもあります。

どうしたらよいか。

ミソジニーや承認欲求の投影、権威主義からくるハラスメントの問題をまず、定義すること。名前をつけること。

そして、これまでのフェミニズムでは捉えきれなかった新たな現象について事例を集めて分析すること(現代の女性が遭遇するあらゆる困難について、若い人の話をあつめること)をしなければいけないと思っています。

また、このハラスメントを受けている人に「負けるな」「闘え」「わがままを言うな」という言葉をかける前に、ハラスメントを行う側を糾弾すべきだと私は思います。

「あなたの言動は、その人の自由な個人としての領域を侵害しています」と。

自戒も込めて、私は自由な意思の問題、個人が個人として尊重されない問題を追及していかねばと思っています。

私の伝えたい問題の本質は、この拙い文章だけでは伝わりきらないと思います。しかし、これまで発信してきたことに対し、「私も同じ目に遭っている」「自分もずっと同じ気持ちで我慢してきた」という声を、多くの女性のかた、若いかたから届けて頂きました。その声への連帯の思いで、この文章を綴りました。
(なかなかご返事できず、すみません)

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