あずさジャーナル
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「一億総不安社会」その1

2017.10.28

誰かの不機嫌や苛立ちを向けられた時「すみません」と謝ると、その人は怒るのをやめる、ということがよくある。ほっとして、つい謝ってしまうことが多い。しかし後から「自分が何か悪いことをしたのだったか」と訳が分からなくなってしまうことがある。傾聴し続けることはとても難しい。私の悪い癖だ。

議員は有権者の前ではとにかく襟を正して、教えて頂く姿勢でないといけない、と頭では思うのだが、時々「これはあまりにも理不尽ではないか」と感じてしまい、言い返したり、距離を置いてしまう相手もいる。しかし後からその人がとても怒っていた、と聞くと、黙って聞くべきだったか、と深く後悔する。

政治家が「偉い先生」だなどというのは大きな間違いで、有権者から「選んで頂いた」存在である。ただ時々、「私はあなたの精神的『慰安婦』ではないのですよ」と泣き言を言いたくなるような相手もいるのは確かである。それを飲み込み続けていると、自分の感情がよくわからなくなってしまうことがある。

みんな疲れていて、誰かに癒してほしい、承認されたい、理不尽な目に遭っている自分に謝ってほしい、すごいねと言われたい、必要とされたい、そうしないと自分を肯定できない……そんな大きな社会不安のなかに生きている。私は勝気で自己肯定感も強い方だが、誰かの「不安」が伝染することはある。

どうぞ、怒りたいなら怒って下さい、ぶつけて下さい、私はそれを受け止めるのが仕事ですよ!と思ってやっているのだが、やはり限界もある、と認めざるを得ない今日この頃。
ああ、生きていくって大変だなあ。社会不安の増大したニッポン、これからどうするか!
みんな、まず自分で自分を肯定しよう!

……と、ここまではぼやきだけれども、ここで本題。
社会不安の増大を実感するのは、やはり現代人のSNSへの親和性である。スマートフォンの端末に「こころ」を映し出し、他者からの反応や「承認」のしるしを待ち構えてしまう私たち。しかしそこには空虚さもあって、満たされない思いが加速することもあるだろう。

では考えてみたいが、誰かの「承認」を得ないで過ごすことは、そんなに難しいことなのだろうか。否、である。誰からも「いいね」がなく、そもそもSNSなど開きもせずに過ごすことは、実は簡単である。実社会での生身の人間関係の煩わしさは、SNSでは更に複雑怪奇であり、実はこちらの方が大変だ。

スマートフォンの操作に夢中になっている時に誰かに声をかけられると、私たちは「どきっ」とする。これは心の中を端末という形で外在化させているためであり、守るべき「内心」が可視化されてしまったかのような心許なさに直面するからではないだろうか。
そうまでして求める「承認」とは何だろう。

「承認」。これは現代社会に暮らす私たち誰もが答えを見出せないでいるキーワードだと思う。頑張っても報われない、生活は豊かになりそうもない、慢性的に疲れているー。そんな私たちが追い求めてしまう、「承認」という救済。社会不安の増大とともに目覚ましく進化する「承認付与マシーン」のSNS。

政治においても、「承認」というキーワードを考えることは重要だと感じている。
一億総不安社会、を解決せねばならないのだから。

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