あずさジャーナル
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法規制とオープンダイアローグの可能性

2017.07.24

人のこころは難しい。他者のこころは思い通りになどならないのが常だが、自分のこころのコントロールもまた難しい。

お恥ずかしいことに、この2年間、いわゆる「ストーカー」に悩まされることが度々あった。多いのは「ネットストーカー」である。毎日のように届き続ける大量の嫌がらせメール、性的な内容のものや名誉毀損にあたるものが多数で、なかには「このまま返事をくれないなら自殺する」などと不穏なものもあった。果たして、殆どがお会いしたことのないかたがたである。

先月、改正ストーカー規制法が施行されたことは私個人としては心強く感じている。法改正により、しつこいメールやSNSでの「つきまとい」も規制の対象となった。

実際にこの法改正のことをツイートした翌日以降、それまで執拗な嫌がらせメールを毎日のように送っていらしたおひと方からの連絡がなくなったのだ。

法規制の意味は摘発そのものだけでなく「自分のしていることは摘発の対象なんだ、してはいけないことなんだ」と当人が気付くきっかけを作れることにあると思う。ストーカーは一種の依存ではないかと思うが、法規制により、他者への間違った形の依存をやめ、心の安定を取り戻せる人が増えることを願っている。

ストーカーや嫌がらせを受けて思うのは、歪んだ承認欲求や満たされない思いを持つ人が、それを生産的な形で表現することのできる場の必要性である。私はオープンダイアローグの可能性に注目している。私に依存心や執着を向ける人の多くが、強い寂しさや不安、憎しみに内側から焼かれているように感じるからだ。「議員ならば聞いてくれるだろう」という最後の叫びなのかも知れない。

こころのなかの「闇」のような感情や、コントロールのきかないしつこい感情と向き合うのは困難なことである。しかし誰かのそうした感情の揺れや暴発に出会った時に、私たち皆がそれを受け止めるのは更に困難なことである。可能性として考えうるのは、当人が加害や逸脱行為に及んでしまう前に、寂しさや苦しさについて「話すことのできる場所」を作ることだ。包摂の第一歩である。

極端な逸脱行為に及んでしまうケースに対し法規制を行うことは非常に重要だ。これはストーカーの問題だけでなく、DVやヘイトスピーチにも当てはまる。そして法規制を行うと同時に、「感情」が「行為」として表出する前の段階でのケアの機会、体制を創出せねばならないと考える。ストーカーは嫌なものだが、そうした意味において、私は重要な経験をしたと考えている。

議員になってから、今回記した件など、びっくりするような経験をすることがあるが、これは貴重な糧でもあると考えている。困った、という経験が多いほど、政治家として成長するチャンスだとも言える。「はずれ値」のように見える事象から、システムのエラーが見つかることもあるからだ。

私は社会学出身なので、ラベリング理論を思い起こしてしまうのだが、何か良くないことをした人は、「あなたはきっとまた悪いことをするだろう」と言われるよりも、「どうしてそんなことをしてしまったの?!あなたらしくないね」と言われた方が、その後の行為は変わるのではないかと考えてしまう。オープンダイアローグ。

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そんなことを考えた夜、苦しんでいる誰かへ伝えたいこと。

「やめよう、ストーカー。やめよう、ヘイトスピーチ。そんなことをしても、あなたの苦しさ、寂しさは消えないよ。憎しみもなくならない。警察に行くことになったら、あなた自身のこころも生活もぼろぼろになる。あなたの大切なこころ、自分自身で愛して、大切にしてあげよう。だいじょうぶ」。

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